新ブログ「べっぷ移住物語」

群馬県

ゲンセンカン主人の温泉は実在した!「湯宿温泉」の外湯は激熱注意

2016/05/21

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水上温泉の近くにある宝川温泉汪泉閣の大露天風呂にて立ち寄り入浴を済ませた私たちは、本日の宿である「湯宿温泉 湯本館」に向かいバイクを走らせています。

今夜の宿は宝川温泉と同じみなかみ町にある「湯宿温泉」

湯宿温泉は宝川温泉と同じみなかみ町にある温泉地で、宝川温泉からはバイクで一時間ほどの距離です。生憎の空模様ということもあって今日は早めに宿に入ることにしよう、という考えだったのですが、土砂降りだった雨は湯宿温泉へ向かう途中ですっかり上がっていました。

谷川岳中腹から麓におりる

水上温泉とは対象的な小さな湯治場が点在する「猿ケ京三国温泉郷」

谷川岳の中腹から麓の平地へ下り、三国街道を南へ進むと程なく、通り沿いに「太陽館」という名前の立派な温泉旅館が見えてきました。太陽館は湯宿温泉にある宿の一つで、太陽館を通り過ぎるとすぐに、やってるのか潰れてるのか分からない木造の酒屋の建物の脇に、温泉街に入る細い道がありました。

地味な湯宿温泉の温泉街入り口

湯宿温泉は、住宅地の中に5軒ほどの温泉旅館が点在する小さな温泉地で、三国街道沿いには同じような小規模な温泉地が何ヶ所かあることから、その中で一番大きな猿ヶ京温泉の名前を取って、猿ヶ京三国温泉郷とも呼ばれています。

本来の温泉街への入り口はこの少し先だったそうで、そちらには街道沿いに立派なオブジェが立っていたりしてもっと分かりやすかったようですが、そんなこととは知らずあまりにも地味で分かりにくい温泉街への入り口に、少し不安になる私達。

私たちは過去に何度か猿ヶ京温泉には来たことがあるにも関わらず、湯宿温泉という名前を知ったのは今日が初めてでした。実際来てみると、三国街道沿いの太陽館の建物に見覚えがあったので、意識的に視界に入れていなかっただけで何度か名前は目にしているんだと思うのですが、そんな何の思い入れもない場所に今回私が注目したきっかけが、今日宿探しをしている時この地が「ゲンセンカン主人」のモデルになった温泉地だということをネットの情報で知ったからです。

つげ義春の代表作「ゲンセンカン主人」の舞台となった湯宿温泉

ゲンセンカン主人は、1970年代にガロなどのアングラ系コミック誌で活躍したつげ義春という漫画家の短編で、彼ははこの他にも日本各地のマイナーな温泉地を巡り、それらを舞台とした漫画やエッセイ、写真作品などをかなりたくさん残しています。

当時の彼の貧しさのせいなのかはたまた鄙びた雰囲気を好んで選んでいたのか、つげ義春の作品に登場する温泉は大半が安宿で、私たちにも充分手の出る価格帯であること、そしてマイナーな温泉地だったことが幸いし、今なお漫画が描かれた当時の雰囲気が残っているところが多く、どういう温泉地なのかイメージしやすいということから、全く行き先が決まらない時たまに【つげ義春 温泉】で検索するのですが、今回それでヒットしたのが湯宿温泉でした。

現在の温泉街には漫画が描かれた当時の面影はない

湯宿温泉の温泉街には、さすがに漫画に描かれた当時のような朽ち果てそうなうらびれた雰囲気はどこにもありませんでしたが、石畳で美しく舗装されたメインストリートに沿って立ち並ぶ古い土蔵や昔懐かしい食料品店の建物が、何ともいえずノスタルジックな風情を醸し出しています。

自家源泉を持つ宿「湯本館」

温泉街外れの高台に建つ湯本館

本日私達がお世話になる湯本館は、この石畳のメインストリートを進んだ温泉街の北の端にあります。少し丘のようになった高台の上に建つ年季の入った三階建ての建物、こちらが湯本館。

湯本館外観

実際は、つげ義春が泊まった宿というのは湯本館のそばにある「大滝屋」という宿なのですが、現在は新しい建物に建て替えられ漫画が描かれた当時の面影は全く失われてしまっているそうです。湯本館はその名の通り自家源泉を持つ湯元の宿で、今となっては「つげ義春が泊まった宿」に敢えてこだわる理由も特にないだろうというのが、今回湯本館を選んだ理由でした。

つげ義春が世間的にどの程度知られた作家なのかは分かりませんが、やはり湯宿温泉は「ゲンセンカン主人のモデル」というネームバリューが相当に高い温泉地で、先に挙げた大滝屋などは特に「改築するにしてももうちょっとやりようがあるだろ?」という本音が透けてみえるようなレビューをよく目にします。

「ゲンセンカン主人っぽいか」で言えば湯本館も全然違う雰囲気になってしまってはいるのですが、玄関を入るとそこは赤いじゅうたんが敷き詰められた昔懐かしい温泉宿のエントランスロビー。ソファーなどの調度品、柱や手すりや壁に飾られた鹿の剥製も、一昔前の懐かしさで溢れています。

湯本館エントランスロビー

声をかけると奥から30代ぐらいの女性が出て来られました。少し都会的な雰囲気のする女性で、街に行ってた娘さんが帰ってきたのか、はたまた息子が連れてきた嫁さんなのか?そんな余計な想像をめぐらせながら、二階の私達の部屋へと向かいます。

歴史を感じる松や石塔

湯本館は三階建てですが、客室は二階までで三階は使われていないようでした。二階の通路からは一階の日本庭園が見え、大きな松の木と石塔がかつての宿の雰囲気を今に伝えています。

本日のお部屋。雨で湿った服を脱いでパリッと糊の効いた浴衣に着替えると、ようやく人心地がついたような気持ちになりました。

湯本館客室

住宅街にある温泉なので、客室からの景色はお隣の住宅の屋根のみです。

住宅街にあるので、景色はあんまり良くない

小さな湯宿温泉の温泉街には外湯が4つもある!

では早速温泉に入りに行くことにしましょう。宿のお風呂も入ることができる状態なのですが、湯宿温泉には温泉街に共同浴場があるので、宿のお風呂に入る前に散策がてら共同浴場に向かうことにしました。

湯宿温泉は、メインストリートを端から端まで歩いても10分少々しかかからないとても小さな温泉地なのですが、何と共同浴場が4カ所もあります。共同浴場は基本的に全て地元専用で、入り口はオートロックで鍵がかかるようになっていますが、宿泊客だけは地元民と一緒に共同浴場が利用できます。

一番大きな窪湯

まず最初に向かったのは、湯本館の建物がある高台のすぐ真下にある窪湯。さらに「何でこんな至近距離に2カ所も?」と不思議になるほど窪湯のすぐそばの場所に小滝の湯があります。

窪湯から小滝の湯は10メートルぐらい

窪湯も小滝の湯も建物外観はほとんど同じ造りの和風建築で、中も広さが違うだけでほとんど同じです。

↓小滝の湯。窪湯を一回り小さくしたような外観。

小滝の湯外観

男女別の内湯の入り口を入ると、脱いだ服を置くための棚が若干あるだけの脱衣所があり、その奥に湯船が一つだけの浴室。シャワーなどの設備はありません。下の写真は小滝の湯の浴室ですが、よそもだいたい似たような感じ。

小滝の湯の浴室

どことなく漫画に描かれた当時の面影を感じる温泉街

とりあえず他の2カ所も行ってみることにしました。石畳のメインストリートを来たのと反対に向かって歩いて行くと、メインストリートと交差する道の先に「金田屋」の渡り廊下が見えました。

印象深い金田屋の渡り廊下

「ゲンセンカン主人の面影はほとんどない」とはいいますが、私は三国街道から温泉街に入ってきた時、最初に目にしたこの渡り廊下を見た瞬間漫画のこのカットを思い出して「ゲンセンカン主人だ!!」とむしろ興奮すらしたんですが、果たしてここがあのシーンの場所だったのかは不明。

というか、並べて見比べるとそんなに似てもないですね…

メインストリートに引き返すと、先ほど前を通った商店が立ち並ぶ一画に出ました。

メインストリート沿いの昔懐かしい食料品店

立ち並ぶとはいっても、小さな食料品店とスーパーマーケット、婦人服店の三軒だけで、湯宿温泉にある商店はこの三軒と表通りの酒屋だけのようでした。食料品店は、コンビニがまだそんなになかった私の子供時代お菓子はこういう店でよく買ったよなぁと懐かしくなるような、パンや駄菓子やちょっとした乾物などを売る店で、漫画のこのシーンの駄菓子屋はこのお店がモデルだったりするのかもしれないなぁと思いました。

「ゲンセンカン主人」序盤で主人公が天狗の面を買った駄菓子屋

通りから食料品店の店先のガラスケースに、冷えた缶ビールが並んでいるのが見えました。よし!ひとっ風呂浴びたら、ここでビール買ってぷはーだ!

さらにメインストリートを進むと、一際目を引く白壁の立派な土蔵。隣に建つ住居は新しい建物に建て替わっていますが、玄関先の立派な松などにかつての旧家の面影を見ることができます。

竹の湯の手前にある立派な土蔵

激熱注意!草津や飯坂温泉を凌ぐ熱湯風呂は「水埋め禁止」

土蔵の前を通過し少し進むと、3つめの「竹の湯」に到着。こちらも窪湯や小滝の湯と同じような建物外観で、他にお客さんがおられたため内部の写真はありませんが、中も小滝の湯や窪湯と似たような感じでした。入り口の料金箱に協力金100円を入れて、いざ入浴。

竹の湯外観

湯船には他の共同浴場と同じような、無色無臭の温泉がガンガン注がれています。さらに湯船の片隅には温泉の注ぎ口とは別に水の注ぎ口と思しき水栓があるのですが、これが銭湯などによくある”押している間だけ水が出るタイプ”。このことからも、湯宿温泉は「どんなに熱くても水で埋めるな」が基本姿勢であることが伺えます。

しかし、先客の地元の方はヘアゴムを栓にしばりつけるなど工夫して水を出しっぱなしにされていて、この日はよっぽどお湯が熱いのだろうと思いました。

竹の湯にもはシャワーの設備は無いため、先客にご挨拶し備え付けの手桶で湯船のお湯を直接汲んでかかり湯をしましたが、予想通りしびれるような激熱!50度ぐらいはあったように感じましたが、これだけガンガン水を加えてまだ熱いとは元はどんな温度だったのでしょうか?

普段はジモ専の共同浴場、入り口にストッパーがされている時間帯は立ち寄り入浴OK

風呂あがり、来た時はロックが掛かっていた入り口のドアに、鍵がかからないようにつっかえ棒がしてありました。湯宿温泉の共同浴場は基本的に地元専用ですが、16時~21時はオートロックが掛らないように入り口にストッパーがしてあり、この間だけは外来者も入浴可能なんだそうです。

おそらく注水口を普通の蛇口にすると、観光客が世間一般の適温になるまで水を足してしまうので、わざと水を入れにくい造りにしてあるのでしょう。しかし今回私が竹の湯に一番乗りだったとしたら、おそらく水を入れていいものかためらって入らずに諦めてしまったと思われるので、地元の方が先に水を入れて下さっていたのは非常に助かりました。

ではでは、先ほどの食料品店に冷え冷えのビールを買いに行くとしましょう。缶ビール片手に、金田屋の前のベンチで夕涼み。超激熱風呂で冷や汗かいた後の体に、雨上がりの空気が心地よく感じます。ちょうど金田屋から宿の方が出てこられたので「竹の湯物凄く熱いですね!」と声をかけると、

「はぁ、そうですか?」

との返事。うっそ~ぉん?地元の人には普通なの?慣れって凄い…

メインストリートから外れた「松の湯」だけは完全地元専用

もう一か所の共同浴場「松の湯」は唯一メインストリートから少し奥まった場所にあって、オシャレなデザインに改装されている他の3つと比べるといかにも「ジモ専」という建物外観です。

唯一完全地元専用の「松の湯」

実際松の湯だけは観光客には開放されていないそうで、入り口の脇には源泉を汲んで帰れる井戸もありますが、おそらくこれも地元の方専用でしょう。

松の湯前の温泉汲み場

私は竹の湯で満足してしまい他の共同浴場は利用しませんでしたが、ツレは窪湯と小滝の湯にも入っていました。共同浴場に関しては分析表などが見つからなかったため源泉が同一かは不明ながら、泉質はどこもおしなべて似たような感じだそうです。

後日、この記事を書いている時三国街道沿いにあった「太陽館」が窪湯からの引湯であるという情報を太陽館のホームページで見つけ、窪湯と小滝の湯が異常なまでの至近距離にあるのも源泉が違うからなのかと納得しかかっていたところ、別のサイトによると湯宿温泉は共同浴場も旅館も全て湯本館からの引湯だと地元の人が言っていたという情報もあり、結局のところ湯宿温泉にいくつの源泉地があるのかは不明。

つげ義春が実際に泊まった「大滝屋」は和風モダンの素敵な温泉宿

宿に帰る途中、つげ義春が泊まったという大滝屋の看板が立っているのを見つけました。案内の矢印によると、大滝屋は湯本館の建つ丘の少し手前にある路地の奥にあるそうです。

大滝屋はこの路地の先

ここまで来て大滝屋の建物を撮影してくるのをすっかり忘れてしまいましたが、先に見えるなまこ壁風の白い建物が現在の大滝屋。むしろ手前に写っている木造の建物、これは本物の土蔵の外壁ですが、こっちのほうが漫画のイメージには近いように思います。

…とは言っても、今の宿も普通に綺麗な和風旅館なので、「イメージ違う」と文句言われるほど無粋な今風の建物になっているわけではないんですが、実際漫画に出てくる建物のままだったとしたらきっと手入れも大変だろうし、一部のマニア以外の普通のお客さんからは汚いとか恐いとか言われるだろうから、どっちを優先するかは難しいところなのでしょう。


宿に帰ってしばらくすると夕飯の時間です。食事は何と部屋出し!食事が部屋出しの宿に泊まったのなんて何年ぶり?という感じなんですが、小さい温泉地の老舗旅館だと他所では省かれてるサービスを律儀に守っている宿がたまにあります。最近はプライベートな空間に仲居さんが入って来ることに抵抗を感じる若い人も多いと聞きますが、やはり自室に食事を用意していただけるのは楽でいいです。

湯本館の夕食。当日の予約なのに豪華!

こちらは夕飯の一部。当日予約にも関わらず、食べきれないほどの豪華な夕飯でした。

薬師様が祀られた裏庭は湯宿温泉全体の源泉地、円形の混浴大浴場は激熱!

食後は宿のお風呂へ。お風呂の前の廊下からは宿の裏庭が見え、いわく有りげな裏山の洞窟のような窪みの前に「南無薬師如来」と書かれた赤い幟と小さな祠、そして東屋のような建物の中に小さな池があり、ホースが何本か引かれています。しかし、源泉にしては湯気が全く上がっていないので、この池は源泉地ではないのかもしれません。

源泉「薬師の湯」

洞窟入り口に立てられた胸像。台座には「如玉」とありますが、一体どちらさん?

洞窟前に祀られた謎の人物像

これが湯本館の大浴場。旅館の内湯としては珍しい混浴で、丸い形が印象的な湯船は30人いっぺんに入れるという話ですが、多分そこまでは大きくないと思います。

大きいだけになかなか冷めない

まぁこのお風呂も熱いんだろうな、と思いつつこれだけ大きなお風呂なら少しは冷めているのかな?と思いきや、まったくそんなことはなくて相変わらずすさまじい激熱です。逆に湯船が大きすぎて水を足してもなかなか湯温が下がらず、10分ぐらいガンガン加水しながら湯もみをしてどうにか入れる温度にまで下げることができました。

もうちょっとお湯の温度を下げる工夫を

お湯は湯船の奥の石が並んでいるところから湯船に注がれています。石の表面には、びっしりと温泉の成分がこびりついていました。

泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩泉、湧出時の泉温は62.7度です。このスペースは、おそらく温泉ををここに一旦溜めて湯温を下げる仕組みなのだと思いますが、全く入れる温度になってないんで、もうちょっと違う方法を考えた方がいいんじゃないでしょうか。かけ流しにしても、熱すぎて結局水入れるから意味ないし…

真田父子ゆかりの温泉地、湯宿温泉

風呂場の前に、湯宿温泉の起源について書かれていました。

湯宿温泉の起源

当館の温泉は今より約一千二百年前、仁寿二年二月八日(文徳天皇御治世の時)須川村の弘須法師による大乗妙典誦行満願の夜半、薬師如来より種々の湯薬を賜りましたのがこの温泉の始まりと伝えられて居り、当館裏庭の洞窟より自然湧出して居ります泉源が今日もその面影を伝えて居ります。

又、戦国時代の歴史に幾多の武将が登場しますが、真田父子の物語は特に私達の記憶に残る?があります。当湯宿の湯も真田父子と深いつながりがあり、関が原の合戦の後沼田の初代城主真田信之がこの湯に戦陣の疲れを癒やして以来、沼田の二代信吉、三代熊之助、四代信政の歴代の城主もこの地に下屋敷(今の別荘)を造営し入湯して居り、五代信直は痔の持病がこの湯で根治したので、当館の裏山に薬師如来堂を建立したのが、今日の湯宿温泉薬師であります。

三国街道を往き交う人々もこの湯に旅の疲れを癒やし、江戸へ越後へと旅をつづけて行きました。

上州湯宿温泉 湯本館

この書き方だと、湯宿温泉全体の源泉地は湯本館と考えていいような気がします。さらに真田一族ゆかりの温泉地だったとは、全く知りませんでした。ちんたらブログを更新していたため、2015年夏の出来事だったこの記事をアップするのに年を越してしまいましたが、折しも2016年の大河ドラマ「真田丸」にちょうどいいタイミングで記事を完成させることができました。

湯本館にはこの大浴場以外にも、女性専用内湯と家族風呂がありますが、そちらはさらに高温です。どれぐらい熱いかというと、床に溢れた温泉が熱過ぎて素足で立っていられないほど。戦で傷を負った体でこんな熱い温泉入ったら泣くでマジ…

熱すぎて床に立っていられない!

冬場は外気でもう少し湯温が下がって入りやすくなるようですが、それでも草津や飯坂温泉レベルだそうなので、「我こそはあつ湯好き!」という自負がある方以外には、湯宿温泉は全くお勧めできない温泉地だと思います。

翌朝、朝食を食べて出発!次なる目的地は四万温泉です。

次なる目的地は四万温泉

・・・つづく

湯宿温泉 湯本館へのアクセス

住所: 群馬県利根郡みなかみ町湯宿温泉甲2381

Tel: 0278-64-00

URL: http://www.yujuku-yumotokan.com/onsen.html

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