新ブログ「べっぷ移住物語」

長崎

爆心地から500m「浦上天主堂」の焼け落ちた鐘楼

2015/09/06

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中華街とグラバー園、大浦天主堂とオランダ坂を観光した私達は、次なる目的地の平和公園を目指すことにしました。平和公園は長崎市の北部に位置し、南部にあるグラバー園からは正反対の方向にあるため、一旦中華街へ戻りのコインパーキングに停めてあった車でアクセスすることにしました。

グラバー園とは反対方向にある平和公園

平和公園の駐車場の入り口は非常にわかりづらく、国道の浦上街道から案内も特にない細い道を入った奥にあります。ナビの案内に従い公園の脇の道に逸れると、50メートルほどの坂道を上った先に大型バス用の地下駐車場と、その奥に一般用の地上駐車場があり、地下駐車場入り口の道を挟んだ向かい側には、カステラメーカーの文明堂のお店がありました。

わかりづらい平和公園の駐車場入口

公園の駐車場よりも、文明堂の裏のコインパーキングの方がいくらか料金が安かったので、そちらに車を停めて有名な天を指差すポーズの平和祈念像の方へ向かいましたが、すでに午後5時半を過ぎていたこともあり、公園の周囲には人もまばら。

平和記念公園の銅像

像は想像していたよりも遥かに巨大でした。作者は北村西望。それにしてもこの像、まさか原型からこのサイズじゃないと思うんですが、専門の業者に出せば大きくして作って貰えるもんなんでしょうか。わたくし若いころ大学で彫刻を専攻しておったので、こういうのを見ても原型から骨組み、搬入する段取りとかばかり気になってしまいます。

広場の横にある土産物屋は、ストレート過ぎるネーミングの「被爆者の店」

被爆者の店

この店は、長崎原爆被災者協議会によって運営されている、被災者に働く場を与える目的の店で、内部は広々として品揃えも豊富なので、お土産物の購入に大変おすすめ。おそらく、客のメインは修学旅行生だと思うので、修学旅行シーズン以外は日中でもそれほど混まないのではないかと思います。

店員さんは、見た感じごくごく健康そうに見えましたが、福山雅治も被爆三世らしいし、今は見てそれと分かるような、いかにも病人って感じの被爆者はあんまり居ないのかも知れません。それとも、パートは被爆者とか関係無しに雇ってるのか。


今回は資料館の方は見に行きませんでした。時間的な問題もありましたが、原爆の資料は個人的にあまりにも惨たらしいので、観光旅行で敢えて見たいという気にはどうしてもなれなかったからです。

以前、日本人ジャーナリストがイスラム過激派によって斬首されるシーンを、どこぞの学校の先生が授業で子供に見せたとして問題になっていたことがありました。あの動画が子供に見せるには不適切だとすれば、原爆投下の映像だって充分子供には過激すぎる残酷映像だと思うんですが、私が子供の頃は平和学習には必須とされていたため、年一回全校生徒体育館に集められ、原爆の映像がふんだんに使われた映画を強制的に見させられるのが、当時は本当に苦痛で仕方がありませんでした。

加えて、私が子供の頃は終戦記念日が近づくと、テレビでも毎日のように原爆の映像がガンガン流されていて、家族でテレビを見ている時でもいつ突然あの映像が流れるかもしれないと、夏休みは毎日心が休まりませんでしたが、そういや近頃は地上波では原爆の映像はほとんど見なくなりました。私としては「ようやく」という感じで、あの映像は誰でも受け入れられる内容じゃないという認識が、世間にも広まってきたんだろうなぁと感じます。

平和公園の通りを挟んだ反対側には、原子爆弾落下中心地の碑がありますが、今回はそちらにも立ち寄らず爆心地を後にすることにしました。平和公園のそばの文明堂は、午後5時過ぎという時間だったこともありすでに閉店していました。

原爆で吹っ飛んだ建物の鐘楼だけが残る「浦上天主堂」

平和公園の近くには、浦上天主堂というこちらも長崎の観光名所となっている教会があるので、ちらっと立ち寄ってみることにしました。

天主堂脇の謎の船のような物体

平和公園から車で5分ほど、車道から見上げる高さの小高い丘の上に建つレンガ造りの浦上教会の建物は、昼間に訪れた大浦天主堂に比べると随分新しく見えますが、そりゃこれだけ爆心地に近ければ昔の建物は吹っ飛んで跡形も無いでしょう。

建物の中も見学したいな~、とは思ったものの、正面入口は大通りの交差点のそばにあるので車を停められそうな場所はないし、駐車場が無いかと建物周りをぐるっと周ると、教会の敷地内にある駐車場の入口がありましたが鎖で閉鎖されていました。他に車が停められそうな場所を探すため、教会の脇の細い路地に入ってみます。

すると、ツツジの巨木が咲き乱れる石垣の間に巨大なくぼみが穿ってあり、その中に巨大な船のような物体がゴロンと転がっているのが目に飛び込んできました。

何じゃこりゃ?

傍らに看板が立っていました。それによると…

原爆により崩れ落ちた浦上天主堂の鐘楼

爆心地より北東へ約500メートルの小高い丘の上に建つこの赤レンガ造りの浦上天主堂は、原爆により崩壊したが、被災前の天主堂は浦上後に暮らしていたカトリック信徒たちが1895年(明治28年)から赤レンガを一枚ずつ積み上げて30年の歳月をかけて建てた、当時としては東洋一の偉容を誇る大聖堂であった。

1945年(昭和20年)8月9日、午前11時2分。原子爆弾のさく裂により、天主堂はほとんどが破壊され、その後かろうじて残っていた同壁や鐘楼も崩れ落ち、一部の同壁だけが残った。崩れ落ちた鐘楼の一つ(重量約50トン)が現在もこの地に原爆被害の跡をとどめて眠っている。

爆心地に程近い当地区は、17世紀初頭に始まるキリシタン禁令の時代からカトリック信徒の多いとこであり、原子爆弾のこのカトリック信徒の聖地にさく裂し、約12,000名の信徒のうち約8,500名が犠牲となった。

長崎市はこの地で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、二度とこのような惨禍が繰り返されないことを願って、この看板を設置する。

1987年(昭和62年)8月
長崎市(原爆資料館)

うわぁ…元はあの上の建物の屋根に乗っかっていた鐘楼なのか。その時の衝撃の凄まじさを想像するだけで、身がすくむ思いがします。

それにしても、電車では大浦天主堂から浦上天主堂まではすぐなので、浦上天主堂がここまで壊滅的な被害を受けたのに大浦天主堂が普通に原型を留めていることが不思議な気もしますが、地図で見ると大浦天主堂から爆心地は結構距離があるんですね。加えて、間に横たわる長崎湾が盾になって、延焼の被害も受けずに済んだのでしょう。

地図は長崎原爆の物理的被害/長崎原子爆弾の医学的影響より。

車が停められそうな場所を探ししばらく進むと、道はどんどん住宅街の中へと入っていってしまい、今回は浦上天主堂の見学は諦め次に進むことにしました。

浦上の住宅街

後で調べてみると天主堂の内部には、被爆したマリアや天使の像などが展示されていたそうで、やっぱり拝観すればよかったなぁ。

平和公園から浦上天主堂までのドラレコを動画にしてみました。↓

舟越保武作・長崎26殉教者記念像は訪問せず

そういえば、長崎というと私が受験生の頃に予備校で「こんな風に作れ」と繰り返し言われた作家の一人である舟越保武の代表作、長崎26殉教者記念像が長崎駅近くの西坂公園に常設されていたことを、東京に戻るまで完全に失念しておりました。

日本二十六聖人像

画像は日本二十六聖人 - Wikipediaより。

舟越保武は戦後を代表する具象彫刻家の一人で、売れっ子木彫作家の舟越桂氏のお父様でもあります。

↓ 舟越桂作:遅い振り子

舟越桂は舟越保武の息子

他の舟越保武の代表作といえば、旅行ブログ的には秋田県の田沢湖畔にあるたつこ像などでしょうか。

舟越保武は岩手県の出身ですが、長男が生まれてまもなく急死したのをきっかけに洗礼を受け、以降キリスト教をテーマにした作品を多く制作しました。舟越保武の作品の特徴は、とにかく真面目でストイック。同時期に活躍した具象作家でよく舟越保武と比較される佐藤忠良(ちゅうりょう)の、どことなくやすやすと世の中を渡っていくような要領の良さをとは対局にあるような作風だと思います。(あくまでも私のイメージです)

私は受験生時代は本当に出来の悪い飲み込みの悪い生徒で、舟越保武の名前を聞くと作品よりも先に「浪人時代の辛い思い出」ばかりが蘇って来てしまいます。本当は忘れていたというより、自ら胸の奥に仕舞って思い出さないようにしていたのかもしれません。考えてみると、今回の長崎市訪問は私にとって、子供の頃怖かった原爆や出来の悪い浪人時代思い出など、考えないようにしていた過去と対峙する禊ような旅でした。長崎26殉教者記念像見なかったけど。もし現地で思い出して見に行っていたなら、のんべんだらりとその日暮らしを送る今の私に、魂を削るような舟越保武の作品はどう響いたのでしょうか。

道の真中に大木?知らないとちょっと怖い「六角道」

そろそろ今夜の宿を決めなければなりませんが、長崎市内には稲佐山という温泉地があり、そこに朝まで仮眠ができる健康ランドがあるらしいので、今夜の宿はそちらの仮眠室に決定しました。ということで今日はもう一か所、長崎市内で行ってみたいと思っていた鎮西大社諏訪神社にこれから向かいます。

しかし、鎮西大社諏訪神社は例年長崎くんちが奉納される大変由緒ある神社なのですが、なぜかカーナビに入り口情報が登録されておらず、車はどんどん山の中へ。

うわっ!何で道の真ん中に木が生えてんの?!

この木はどうやら中央分離帯の役目もあるようで、最初は何がなんだか分からず右側を通行してしまい、後ろから来た車に「そっちじゃね~ぞ!」とクラクションを鳴らされてしまいました。

何これ…こんな公道見たことない。怖い長崎。

諏訪神社参道

ようやく諏訪大社の表参道の鳥居を発見した時には、すでに日が暮れかけていました。参拝は明日にすることにして、今日はこれから今夜の宿である稲佐山のスパ「アマンディ」へと向かいます。

バブリーなホテルの居抜き物件「稲佐山温泉 アマンディ」

稲佐山温泉は、長崎市街地を見下ろす山の上に位置する温泉地。アマンディは、ホームページを見ると一見ホテルのようですが、実際は日帰りスパにホテルが併設された施設で、スパには朝まで利用できる仮眠室があります。

長崎の夜景 稲佐山温泉ホテル・宿泊宴会レストラン「Amandi(アマンディ)」

市街地から稲佐山温泉を望む

山の上にほのかに見える灯りが、稲佐山温泉です。建物外観撮影してくるの忘れてしまいましたが、アマンディは元はかなり立派なホテルの居抜きのようで、館内にあるレストランはまるでバブル時代のトレンディドラマを彷彿とするゴージャスな展望レストランでした。

夜景が一望!アマンディのレストラン

健康ランドの食堂って言ったら座敷に長机並べた大広間で、冷凍枝豆を摘んでいるようなものをイメージして来たのですが、こっちが恐縮してしまいそうな高級感です。

ワインもこんな洒落た氷の入ったバケツ?に入って出てきます。ワイン自体はシュワルツ・カッツという安いテーブルワインなんですけどね~

安いワインもこんな風に出してくれる

バブル世代でもないし、社会に出てからも華やかな世界には全く縁が無かった私なので、何か思わぬところで感動してしまいました。

しかしメニューは健康ランドの食堂らしく、ちゃんと全てがお手頃価格。私が注文した鯛荒炊き膳は、このボリュームで何と1,080円です。しかもちゃんと美味しいし!

鯛のあら炊き膳1000円

アマンディはレストランとお風呂の終了時間が少し早め

アマンディのレストランは、22時ラストオーダー(休前日は22時半)と健康ランドの食堂としては若干閉店時間が早いのでご注意下さい。

夜景を見渡せる展望露天風呂がある大浴場も24時まで。一応天然温泉なんですが、予めそう言われていなければ分からないようなあっさりした単純泉で、カルキもガンガンなので、泉質の方はそれほど期待しないほうがいいでしょう。

大浴場露天風呂
露天風呂からの景色
大浴場内湯

仮眠室は全席マットレスなので、ソファーで寝るのが苦手な人でも安心です。アマンディ、一人旅や旅費を節約したい方には大変オススメなスパ施設でした。

翌朝は、昨夜暗くて諦めた鎮西大社諏訪神社を訪問してから、長崎市を後にしようと思います。

・・・つづく

浦上天主堂へのアクセス

住所:852-8112 長崎県長崎市本尾町1−79

Tel:095-844-1777

URL:https://www.google.com/culturalinstitute/exhibit/長崎原爆と浦上天主堂/QRfpvy4V?hl=ja

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