新ブログ「べっぷ移住物語」

長崎

グラバー園へは大浦天主堂下の次の「石橋」で下車すべし!

2015/09/05

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長崎新地中華街で昼食を食べた後、出島を散策した私たちは、次なる目的地のグラバー園に向かうことにしました。

グラバー園は、幕末に活躍したイギリス商人のグラバー、リンガー、オルトらの邸宅の敷地内に、長崎市内に残っていた歴史的建物を移築した歴史資料館のような施設で、高台に位置する庭園からは、長崎湾や市街地を一望できることから、長崎きっての観光スポットとなっています。

…と言うと聞こえはいいですが、グラバー園は急勾配の山の中腹標高480メートルの場所にある上、麓の駅からは相当歩かされるそうな。かと言って、車で行って駐車場渋滞に巻き込まれるのも嫌なので、中華街のコインパーキングに車を置いて、路面電車でアクセスすることにしました。

複数路線が乗り入れる長崎電気軌道

都内では、路面電車というと都電荒川線の早稲田~三ノ輪橋間の一路線しか無いため、長崎電気軌道・通称長崎電鉄の路線はとても複雑に感じました。改めて路線図を見てみるとそこまででもないんですが、土地勘が無いことに加え路線が複数あるのとで、よそ者的にはまるで渋谷駅や新宿駅の乗り換えのようです。

ちょうど電車が入ってきたので、運転手さんにグラバー園までの行き方を聞いてみると、出島からグラバー園へは途中の築町という停留所で乗り換えなければならないそうで、乗り継ぎ券を発行してくれました。

築町はさらに複数の路線が乗り入れているので、より一層ハイレベルな乗り換え技を強いられます。

ここかな?と思って並んだ停留所で近くにいた人に念のため確認してみると、グラバー園へ行くのは向かいの停留所でした。危ねぇ。

長崎電鉄の車内

教えてもらった石橋行きの車両に乗り込むと5分ほどで、大浦天主堂下に到着いたしました。

グラバー園へは最寄り駅で下車するべからず

大浦天主堂はグラバー園のある山の麓に建つ教会ですが、一見最寄りっぽいこの大浦天主堂下で下車してしまうと、麓からグラバー園のある標高450メートル付近まで、徒歩で山の斜面を登らなければならなくなります。

しかし、大浦天主堂下の次の停留所の石橋で下車すると、グラバー園の第二ゲートまで無料で運んでくれる「グラバースカイロード」のすぐそばに出ることができるので、歩くのがしんどい方は名前で釣られて大浦天主堂下で下車しないように。

石橋で下車すると、山の斜面に沿ってスカイロードのトンネルが伸びているのが見えました。

遠くに見えるグラバースカイロードのトンネル

電停のそばの果物屋さんの店先で買った、カットフルーツでビタミン補給しつつ、スカイロードの方へと道を逸れると、そこは日本有数の観光地へのアクセスルートとは思えないような、入り組んだ住宅街の路地でした。

カットフルーツがたくさん売られている果物屋さん

スカイロードとは、山の斜面を斜めに上下するエレベーターのような乗り物のことで、山の手の新興住宅地なんかによくあるアレです。

スカイロード乗り場

スカイロードの乗り場には数人の人が籠が降りてくるのを待っていましたが、一基しかないスカイロードはなかなか降りてきません。待つこと数分、ようやく乗り込んだカゴはまるでモノレールのような速度でヌルヌルと斜面を上って行きます。

トンネルの壁面は、ほとんどがコンクリートで覆われていて思ったほど周りの景色は見えませんでしたが、到着した山の中腹の乗り場の周りは展望台のようになっていて、麓を見下ろすと凄まじい傾斜に張り付くようにして住宅街が広がっていました。

スカイロードの乗り場のすぐ真下には小学校が建っていて、授業を終えた子どもたちが、元気よく山の斜面を上って来るのが見えます。すげ〜!この辺の子どもたちって、あんな凄い場所にある学校に毎日通ってるのか。普通に生活してるだけでも、タフな子に育ちそうだな。

スカイロードで上ってきたら後は下るだけ!グラバー園で一番高所にある第2ゲート

グラバー園の第2ゲートは、スカイロードの乗り場から住宅街を2~3分進んだ場所にありますが、こちらは裏口にあたるのか、受付で入場料を払っている数人のグループと私達以外は、門の外には誰もいません。

受付のある建物は、海沿いにあった三菱第二ドックを移築した建物ですが、私達が訪れた2015年5月はちょうど改修工事が行われていました。

改築中の三菱第二ドック

受付で大人610円を支払い園内に入ると、鯉の泳ぐ池がある広場に出ました。

長崎湾が一望できる第二ゲートそばの広場

広場からは、噂に違わぬ絶景が眼下に広がっています。

広場からの眺め

しかし、まだ5月上旬というのに、日当たりのいい広場はすでに灼熱の暑さ。しかも、「長崎は今日も雨だった」という歌があるように、長崎は雨が非常に多い土地柄のため、ピーカンの晴天だというのにかなりムシムシします。

夏場来たら余裕で死ねるな…

グラバー園は、敷地自体が急勾配の斜面になっていて、裏口は園で一番標高の高い場所にあります。スカイロードで運んできてもらった上に、後は麓に向かって下って行くだけとは、大浦天主堂から自力で登ってくることを思えば何て楽ちんなんでしょうか。

一応園内には、ところどころ上りのみエスカレーターが設置されていますが、こんなもんあったところでほぼ気休めです。何でみんな第二ゲートから来ないの?そんなに裏ワザってほどでも無い気がするんだけど…

園内にはところどころ上りのみエスカレーターが設置されている

旧ウォーカー邸

広場を通過すると目に飛び込んてくるのが、海に面した可愛いポーチのある旧ウォーカー邸の小さな建物。

旧ウォーカー邸は、実業家のロバート・ウォーカー・ジュニアの邸宅で、もとは大浦天主堂のそばにあった建物を1974年(昭和49年)にグラバー園に移築した物です。

旧ウォーカー邸ではちょうど、ボランティアガイドによる解説付きのツアーが行われていました。それにしてもガイドのじいさん、還暦は過ぎてるようにお見受けしましたが、この急勾配を日に何往復するのでしょうか。この強靭な脚力と暑さへの耐性、やっぱり長崎の人は常日頃からの鍛えられ方が我々とは違います。

レンタル衣裳で記念写真が撮れる「旧長崎地方裁判所長官舎」

旧ウォーカー邸の向かいにある旧長崎地方裁判所長官舎では、レンタル衣裳を着て写真撮影ができる写真館になっています。また、衣装を着たまま園内を散策することもできるので、園内にはあちこちに鹿鳴館スタイルのドレスと大礼服でキメたカップルの姿が。

旧長崎地方裁判所長官舎

しかし普段の服装よりモコモコして暑そうだし動きにくそうだし、しかもこの急斜面でしょ?貸衣装やってる観光地ってよくありますが、グラバー園のは結構覚悟がいるような。

日本で最初の洋食レストラン「自由亭」

旧自由亭は、江戸時代に日本で初めて西洋料理のレストランとして長崎市内で営業していた建物を移築した物で、現在もカフェとして利用されています。

日本初のレストラン「自由亭」

傍らに立つ「西洋料理発祥の碑」。いやいや、これ移築やろ。というか、西洋料理の発祥は西洋じゃないのか。

何と”あの”有名食品メーカーの創業者だった!幕末の英国商人グラバー

自由亭を通過すると、グラバー園の名前の由来となったグラバーの邸宅の円錐形の屋根が見えてきました。

長崎は日本で一番最初に西洋人が移り住んだ街なので、彼らの邸宅を作る際モデルにする前例が何も無く、そのため長崎の洋館は神戸や横浜にあるヨーロッパの建物をそのまま模した物とは全く違う、日本オリジナルの造りをしています。

日本の屋根瓦が葺かれたグラバー邸

特にその違いが顕著なのが屋根で、グラバー園にある洋館の屋根には、日本家屋で用いられているのと同じ瓦が葺かれており、これも長崎の洋館にしか見られない特徴の一つなんだそうです。

ロバート・ウォーカー・ジュニアの叔父とグラバーを繋ぐ狛犬

半円形のポーチから温室の脇を通って建物の中に入ると、すぐの場所に狛犬?というか南方の獅子のような石像が展示されていますが、この像は先ほど見学した旧ウォーカー邸の持ち主ロバート・ウォーカー・ジュニアの叔父である、ウィルソン・ウォーカーという人物に深い関わりがあります。

麒麟のラベルのモデルになった狛犬

ウィルソンはウォーカー一族の中で一番初めに来日した人物で、元は英国メリーポート出身の航海士でした。イギリスとフィリピンを往復する商船の乗務員として勤務していたウォーカーでしたが、ある時乗っていた船がフィリピンで売りに出されることになりました。しかしなかなか買い手が付かず、船は買い手を求め乗務員を乗せたまま中国の港を転々、ついに明治元年長崎へ。
ウィルソンはここでグラバーが設立した「グラバー商会」の所有する商船の船長として雇われることとなりました。しかしグラバー商会はこの翌年倒産、事業を引き継いだホーム・リンガー商会の一等航海士としての職を得たウィルソンは、その数年後三菱財閥の創業者岩崎弥太郎によって郵船汽船三菱の船長に大抜擢されます。

船長を退任した後、ウィルソンはグラバーと共にジャパン・ブルワリ・カンパニーという醸造会社を設立します。これが何と現在のキリンビールの前身で、写真の狛犬の石像はキリンビールのラベルのデザインの元になったんだそうです。

キリンビールのラベルの麒麟は、よく見ると立派な口ひげを蓄えていますが、これはグラバーの口ひげをモデルにしていると言われています。


グラバー肖像写真

よく見たら顔も何となく似てるような… というか、全然狛犬じゃねぇし。

休みの日限定の無料ツアーに参加して、園内の名所を見逃すな!

グラバーの邸宅の内部は他の部屋も公開されており、今回紹介した建物の他にも重要文化財のリンガー邸やオルト邸など建物があるのですが、暑さのため後半ほぼ義務的に周っていたため、写真撮るの忘れてしまいました。

そういや、グラバー邸といえばもう一つ有名な、やりすぎコージーでハローバイバイの関が「信じるか信じないかはあなた次第です」つって紹介してた、フリーメイソンの石碑とか、密輸した銃器を隠したり坂本龍馬をかくまってた天井裏の小部屋とかその手の話の検証も完全に忘れてました。

グラバー邸の内部では、番組で紹介してたこの天井裏も公開されていたようなんですが、全く記憶に無く。一応中はグルっと見て回ったんですけどねぇ。これも暑さのせいか…

グラバー園においでの際は、大事なポイントを見逃さないためにも、先に少し書いた園内ツアーに参加されることを強くお勧めします。

実施日は土日祝日のみ。料金は無料です。詳細はグラバー園 | グラバー園内ツアーにて。

それから、園内にはこのようなハート型の石が二ヶ所あって2つとも見つけると恋が叶うとか、何かしらいいことあるそうな。一つは旧グラバー住宅の庭の方位盤の下にありますが、これはもう一つの方です。場所は内緒、ご自身で探してみてください。

グラバー邸のハートストーン

グラバー園は以上で終了。眼下には土産物屋が立ち並ぶ商店街と、港に停泊する巨大な豪華客船。私達が長崎を訪れた時はまだ、グラバー園は世界遺産の登録審査中でしたが、園内には海外からの観光客も非常に多く、世界からの注目の高さを実感しました。

土産物屋街は、ここは一体どこの国なんだという勢いで外国語が飛び交っています。土産物屋の中には小さなLAOXの出店まであって、店先では炊飯器が山積みにされています。いやしかし、なんつー騒々しさ。言葉が通じないからそう感じるのか、それともアジア系外国人の地声がデカイのか。うん、でもまぁかつての日本人のツアー客が、海外で白い目で見られていたのも分かる気がしました。

外人だらけの大浦天主堂

潜伏キリシタン発見の地「大浦天主堂」

麓の大浦天主堂まで下りてきました。観光バスの駐車場が大浦天主堂の近くにあるので、ツアー客は第二ゲートの方から回ってくることは出来ません。そのため、大浦天主堂で諦めてしまう観光客も多く、周辺はグラバー園の何倍もの観光客で溢れ返っています。

大浦天主堂

拝観料は300円。

南国ムード溢れる植え込みの間に、かなり急な細い石段の参道が続いています。その先にそびえる、細長い教会の建物。内部は撮影禁止ということで、写真は玄関先の日本之聖母像までです。

江戸時代、徳川家康によってキリスト教の禁教令が布かれ、さらに島原の乱以降も徹底したキリスト教弾圧政策が行われた結果、国内では死滅したと考えられていたキリスト教徒でしたが、禁教令の発布から約250年後の1865年(慶応元年)大浦天主堂を十数名の農民が訪れ、祈りを捧げていた神父に「私共は神父様と同じ心であります」(宗旨が同じです)と告げたことから、国内の潜伏キリシタンの存在が明らかになりました。これは当時のヨーロッパでも大きなニュースとなり、宣教師たちを派遣していたフランスから「日本のキリスト教徒の発見」を祝って送られたのが、この聖母子像です。

日本二十六聖人を祀った大浦天主堂

大浦天主堂の正式名は日本二十六聖殉教者堂と言い、戦国時代に豊臣秀吉の命で磔刑に処された26人の日本人のキリシタンを祀った教会堂です。こじんまりとした礼拝堂には中央に立派な祭壇が祀られていました。

国内にカトリックの司祭が一人もいない状況の中、見つかれば死刑も免れなかった時代に代々信仰を守り続けたキリシタンに出会った時の神父は、まさに神の示した奇跡を目の当たりにしたような心境だったに違いありません。

しかし余談ですが、東京に帰って小浜温泉の近くの千々石町出身のキリシタン武将千々石ミゲルという人物について調べていた時、ミゲルは天正遣欧使節の正使としてヨーロッパに派遣されるほどの人物だったにも関わらず、渡航したヨーロッパで目の当たりにしたキリスト教国の奴隷制度などの差別に満ち溢れた現状に失望し、帰国後は反動で熱心な反キリスト教に転身してしまったというエピソードを目にして以来、「本当に何百年も潜伏してまで守る価値のある信仰だったのだろうか…」とかちょっと思うようになってしまいましたが、余計なお世話ですね。

こんな感じでグラバー園と大浦天主堂の見学は終了。下りのみの散策路でもかなり疲れました。夏場は暑さが危険なレベルになるかと思いますので、熱中症対策に充分気をつけて下さい。歩きやすい靴推奨です。

日本三大がっかり名所”オランダ坂”は本当にがっかりなのか?

次なる目的地は、大浦天主堂から徒歩10分ほどの場所にあるオランダ坂。高知のはりまや橋や札幌時計台と並び、「日本三大がっかり名所」の一つに数えられるほどアレと評判の観光地です。

大浦天主堂から電停に向かって歩いて行くと、山の麓には大きな広場になっていて、中央には大型観光バス用の巨大な駐車場があり、周囲は外国人のツアー客で溢れかえっていました。中でもアジア系の外国人は皆、大人から子供まで道端の段差や階段などの思い思いの場所にウンコ座りで腰を下ろし、同じツアーの客たちと何やらまくし立てるような大声で会話を交わしてます。

発祥を主張するのが大好きな長崎県民

バスのロータリーのそばに、ボウリング日本発祥地の石碑を発見。

ボーリング日本発祥の碑

ボーリングボウリングに書き換えたような跡が見えます。さらにこの碑の少し先には国際電信発祥の地の碑など、日本初を主張する石碑がいくつも立っていました。

国際電信発祥の地の碑

そういえば、昼に訪れた出島にはバドミントン伝来の碑があったし、グラバー園にも西洋料理発祥の碑がありましたっけね。

バドミントン伝来の碑

そりゃまぁ、江戸時代に伝来した物の大半は長崎から入って来たんだろうけど、余所者にしてみれば「へぇ…」以上の感想を持ちえないような事柄にさえ、あちこちに石碑立ててアピールしてしまうあたり、長らく諸外国の窓口であった土地柄なのか、アジア諸国に似た押しの強い県民性を垣間見た気がしました。

長崎電鉄の線路を超えると、いかにも長崎らしい煉瓦造りの建物が立ち並ぶ通りが続いています。

通りを100メートルほど進み、メインストリートから少し脇道に逸れると、見るからに年季の入った古びた造りの石畳が敷かれた急坂が、山の上まで続いているのが見えました。坂の手前には大浦東山手居留地跡と書かれた石碑が立っています。

オランダ坂入り口

オランダ坂はこの坂道のことのようです。オランダ坂の名前の由来は、坂の周辺に西洋人の住む屋敷がたくさんあったから。昔は、東洋人以外の外国人は、イギリス人でもフランス人でも皆「オランダさん」と呼ばれていました。

今でもオランダ坂の沿道には、歴史を感じさせる洋館や古い石垣が多く残り、何とも言えずノスタルジックな空気が漂っています。これまでに見たがっかり名所の中では、一番がっかり感が薄い印象。オランダ坂と言うと渋谷のスペイン坂のような響きですが、渋谷というより麻布の裏道のような、落ち着いた大人の町という佇まいです。

そこまでがっかりか?と疑問に思いつつ少し坂道を進むと、オランダ坂は意外と傾斜がきつく、数メートル歩いた時点ですでに、ジワジワと後悔にも似た感情が湧き上がってきました。

もしや、がっかりってこれのことなのか…

品のいいオランダ坂

だとすれば、札幌時計台やはりまや橋の「うわぁ~!マジがっかりwww」という瞬発力のあるがっかりとは一味違う、新ジャンルのがっかり感です。この気持ちは果たして「がっかり」なのだろうか?他に形容しようがないので、やっぱりがっかりなんだろうな。

しかし観光客っぽい人たちの中に、一人で坂を下ってくる若い女の子の姿をちらほら目にします。オランダ坂の続いている山の上には女子大があるそうで、そこの学生なんでしょうか。

凄いなぁ、毎日がっかりの連続かよ…

そういえば、東京と神奈川の県境の山中にある多摩美に進学した友達が、学校の敷地がすでに斜面になっているせいで、ちょっと体調悪かったりすると心底学校に行く気が無くなるとか言ってたのを思い出します。やっぱり長崎の人たちは、体力もメンタルも鍛えられ方が私達とは全然違いますね。まさに市民総体育会系の町、長崎市。あ、でも漫画家の蛭子さんとかも長崎市内なんだっけ。路線バスの旅で文句ばっか言ってる蛭子さん。みんな体育会系でタフって訳でもないか、そりゃそうね。

10メートルほど進むと、オランダ坂と書かれた石碑が現れました。札幌の時計台はこのブログを始める前に何度か行ったことがあり、はりまや橋も今年の正月に訪問済みなので、これで日本三大がっかりコンプリートですよ!やったね!

がっかり名所なんて言わせない!洋館を改装したカフェ「東山手甲十三番館」

石碑の少し先には、蔦で覆われた石塀に囲まれた洋館が見えます。庭先には巨大なフェニックスが。門の前まで行ってみると「東山手甲十三番館」と書かれたプレートが掛かっていて、中が何かの施設として開放されているようです。

すると、ちょうど中から施設の人が出てきて、「どうぞどうぞ」と中へ招き入れられました。

中に入ると、小さな庭園の奥に爽やかな水色の洋館が建っていました。この建物は元はフランスの領事館でしたが、今は改装されカフェとして営業しています。

「東山手甲十三番館」内部

二階のベランダからの眺めもなかなかのもの。結論は、オランダ坂はがっかりどころかかなり素敵な観光スポットでした。

「東山手甲十三番館」二階ベランダ

おまけ:長崎市のご当地ナンバープレート。一瞬何かと思ったけど、出島型ですねコレ。文字も微妙に筆文字。

長崎市のご当地ナンバー「出島」

ではそろそろ今夜の宿を気にしつつ、オランダ坂を後にもう少し長崎市内を巡って見たいと思います。

・・・つづく

グラバー園へのアクセス

住所:長崎県長崎市南山手町8番1号

Tel:095-822-8223

URL:http://www.glover-garden.jp

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