新ブログ「べっぷ移住物語」

関東 群馬県

伊香保温泉、栄枯盛衰

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先々週、万座温泉の帰りに立ち寄った伊香保温泉ですが、想像以上の賑わいだったので早速泊まりで訪れることにしました。

金太夫玄関

今回宿を取ったのはお馴染み、貧乏人の救世主伊東園ホテルグループのホテル金太夫です。チェックインが日が暮れてからだったので、上の玄関の写真は翌朝撮影したもの。

夜の金太夫

伊東園ホテルは、通常ならば飛び込みではなかなか部屋が取れないのですが、この日は観光バスの運転手さんなどが利用する部屋が一室だけ空きがあり、どうにか寝る場所は確保できました。一般の客室に比べると、狭くてまるでビジネスホテルのような簡素な造りの部屋ですが、その他のサービスは他の宿泊客と同様に受けられるので、まぁこれだけあれば充分。

部屋の窓から見える、向かいの客間。仕方ないけど、出来ればあっちに泊まりたかったかな・・・贅沢を言うなら(笑)

伊東園ホテルとプリンスホテル、バイキングのメニューは同じ??

金太夫の夕食はバイキング形式なので、飛び込みでも食堂が営業している時間内であれば夕飯にはありつけます。しかし、この日は終了30分前。大慌ててで掻き込むように夕飯を済ませました。

金太夫の夕飯、バイキングのプレート

それにしても、今回金太夫のバイキングのメニューを見て気付いたのですが、先々週泊まった万座プリンスホテルのバイキングと内容が相当被ってるんですね!これにはびっくり。

さすがにメインのおかずは全く違いますが、たくあんとか刺こんとかわさび漬けとか、細々したものはほとんど同じ物を使っていた思われます。

プリンスホテルって、バイキングの運営は伊東園に外注してるんでしょうか?それともバイキングに関わる細々したものを、まとめて納入してる会社が他にあるのかな?伊東園が潰れたプリンスホテルを買い取ってるのは知ってたけど、伊東園とプリンスホテルの関係って、今はどうなってるんだろう?と不思議に感じた夕食でした。

二種類の共同源泉がある伊香保温泉

伊香保温泉には、黄金の湯と呼ばれる硫酸塩泉と、白銀の湯と呼ばれるメタ珪酸単純泉の二種類の源泉があります。しかし、調べてみると、伊香保温泉の宿全体に見ても、一つの宿に黄金と白銀両方の源泉を持つ所はあまり無いようで、金太夫の源泉は黄金の湯です。

写真撮って来れませんでしたが、金太夫のお風呂は七階建ての最上階にあり、男女別の露天風呂が一つと男女別内湯、貸し切り風呂があります。

金太夫の建物は、伊香保温泉街の中でも最も標高の高い場所に位置するので、露天風呂からは伊香保温泉街と渋川市街地が一望。…なのですが、やっぱり人目を気にする人は結構いるのか、露天風呂の周りは竹垣でしっかり目隠しされていて、お湯に浸かりながら景色を楽しむことは出来ません。うーん、もったいない。

黄金の湯は時間が経つと茶色く変色するようで、内湯の新鮮なお湯はほとんど濁りのない無色透明なのに、露天のお湯は茶色く濁っていました。

そして翌朝。金太夫の外観は、一昔前は最先端だったんだろうなぁという感じの、中途半端に豪華な西洋建築風。名前は純和風だし、今は外装や庭にまで手入れが回らなくなってるこの感じ。猛烈にダメな空気を醸し出してますねぇ。

金太夫外観

実は超が付くほどの老舗だった金太夫

しかしこの金太夫、かつては20代の歴史を持つ超が付くほどの老舗旅館でした。

金太夫の元の持ち主は木暮金太夫という人物で、宿の名称にもなっている金太夫という名前は、代々の頭首が継承していたそうです。

ロビーや風呂場前の壁に、繁栄を誇っていた頃の金太夫ゆかりの資料がたくさん掲示されていますが、見れば見るほど凄い旅館だったんだなぁ!と驚かずにはいられません。

金太夫のロビーに貼ってあった昔の写真
明治三十年頃の金太夫の前庭

伊香保の名士、木暮一族の意外な関係とは

チェックアウトを済ませ、温泉街の散策に出かけることにしました。

金太夫は、石段のあるメインストリートからは少し離れているので、まずは石段の近くまでバイクを回し、前回行った高台にある黄金の湯の泉源近くの駐車場にバイクを停め、まずは石段を登って温泉街の最上部にある伊香保神社にお参りに行く事に。

伊香保温泉の歴史は古く、万葉集にもその名前が登場します。戦国時代、長篠の戦いで負傷した武田兵の療養場所として本格的に整備され、現在の温泉街の原形となりました。石段もその当時に作られた物だそうです。

階段の周りの、表通りはこんな感じ。お土産物屋や、歴史を感じる古い宿が立ち並びます。

温泉地で食べる温泉まんじゅうは最高ですね

もっとしょぼくれた街なんだと思ってたけど、いやいやどうして、この風情ある町並み。

伊香保温泉の町並み

通りの路面はところどころがガラス張りになっていて、勢いよく流れる温泉が見えるようになっています。

温泉が側溝を流れるのが見える仕組みになっている!

勢いが速過ぎてうちのデジカメでは水流までは写せませんでした。残念。

こんな風に、箱型の樋を通っている部分もあります。その名も温泉管。

泉源から温泉を温泉街に分配する、その名も温泉管

伊香保神社に到着。

伊香保神社の鳥居

すると、ツレが境内でこんなものを見つけました。

『運輸大臣 木暮武太夫』の文字が!

運輸大臣 木暮武太夫

ええ??木暮?金太夫の親戚でしょうか。

チェックアウトの時に気になっていた、金太夫の入り口の看板に書かれていたこの文言。

金太夫は木暮総本家??

総本家ってことは、金太夫は大臣まで輩出した超名門の本家ということになります。

あまりのことに度肝を抜かれましたが、しかしそんなすごい家柄の一族が経営する老舗ホテルが、経営不振で他所の新参ホテルグループの手に渡ったとなれば、ちょっとこれは伊香保温泉全体でも衝撃的な事件だったのではないでしょうか。

温泉まんじゅう発祥の地・伊香保温泉

伊香保神社を後にし、先程登ってきた階段を今度は下って行きます。

鳥居を出てすぐのところにある勝月堂。有名なお店らしく、凄い行列!

このお店は、伊香保銘菓の湯の花まんじゅう、要は温泉まんじゅうを売るお店なのですが、このお店は何と!日本で一番最初に温泉まんじゅうを売りだしたとされるお店。

伊香保の温泉まんじゅう(湯の花まんじゅう)は皮が茶色いのが特徴ですが、これは黄金の湯の色をイメージしているそうで、確かに温泉まんじゅうは他所のも皮が茶色い物が多いような。しかし、伊香保が温泉まんじゅうの発祥だったとはなぁ…。

温泉まんじゅうなんか、どこの店でもそんなに味に大差ないと思うけど…

石段途中にある別の店はガラガラでした。こっちも蒸したてで美味しそうなのに。

他所のお店はガラガラでしたww

今回は朝ごはん食べ過ぎてお腹いっぱいだったので、温泉まんじゅうは頂きませんでしたが、温泉まんじゅうって出来立て食べると本当に美味しいですよねぇ。昔は土産に温泉饅頭買ってくる奴の気が知れなかったけど、確かにあれ食べたらお土産に買って帰りたくもなるってもんです。

石段途中にある石段の湯。高台にある黄金の湯の共同浴場に対して、こっちは白銀の湯が源泉だそう。

石段の途中にある白銀の湯の『石段の湯』

上から見下ろすとかなり大変そうに見えた石段でしたが、見るものがたくさんあって気がつけば下の方まで降りてきていました。

上りはちょっとしんどそうだけど、下るのはあっという間

伊香保温泉は木暮さんだらけ?

温泉街入口にある関所跡を見学。

伊香保関所跡の顔ハメにて

関所跡には資料館も併設されていて、当時をしのぶ品や、伊香保の歴史についての資料が展示されていました。

伊香保関所跡資料館の内部
坂の多い温泉街で活躍した籠
十手とか?

木暮一族は代々伊香保の名士だったようで、展示されている資料によると、木暮一族は民間人ながら藩から関所の管理なども任されていたようです。

関所の番を任されていた一族

あれ?当時の関所の番を任されていた一族を見ると、木暮姓が三人もいますが、みんな金太夫と同じ一族?

大臣も輩出した木暮武太夫は、金太夫とは全く別の一族

しかし、このブログを書くにあたり色々と調べてみると、運輸大臣だった木暮武太夫は木暮金太夫と苗字こそ同じものの全く血縁関係などはないそうで、現在何代目武太夫かは不明ですが、ホテル金太夫のすぐ近くにあるホテル木暮という大型のリゾートホテルの経営者としていまだ健在。

前を通りかかった感じでは、ホテル木暮の方が建物も立派でかなり高級そうなホテルでした。金太夫は総本家には違いないんだろうけど・・・紛らわしいこと書くのヤメレ!

伊香保温泉は、江戸時代にはすでに源泉の配当が有力者に支配されていた

伊香保温泉の黄金の湯や白銀の湯と聞くと、兵庫県の有馬温泉の金泉と銀泉を彷彿とさせますが、伊香保の場合有馬とはかなり事情が異なるようです。

伊香保温泉は、江戸時代にはすでに小間口権利者(温泉を引く権利)が地元の権力者にほとんど独占されていたそうです。なかでも幕府より干支の称号が与えられた有力者で、最も高い子(鼠)評価を得た武太夫の家は、伊香保温泉の25%もの源泉の所有権を与えられたといいます。それとは対照的に、小間口権利を持たない力の弱い宿は、慢性的に温泉が不足していました。

戦後に入っても、伊香保温泉は爆発的に宿が増えたにも関わらず、小間口権をほとんど増やさず、温泉は一握りの有力者の支配下に置かれていました。

これらの立場の弱い宿を救済すべく、新しい源泉の掘削が始まり、1996年(平成8年)に開発されたのが白銀の湯です。

しかしこの白銀の湯、成分から言うと温泉と言うよりただの地下水のようなもので、法律上はギリギリ温泉を名乗っても問題ありませんが、我々が「温泉」と聞いてイメージする健康増進効果はほとんど期待出来ないと言います。

宿情報を見ていて、黄金の湯と白銀の湯の両方を持っている宿がやけに少ないのが不思議だったのですが、黄金の湯を持つ宿は、わざわざ温泉とも言いがたい白銀の湯を引く必要は無く、白銀の湯を引いている宿は、欲しくても黄金の湯を引けない立場にある宿だった、という理由のようです。

金太夫のロビーに大きなトラの剥製が飾られていましたが、江戸時代幕府より金太夫に割り振られたのは三番目の干支の寅でした。

しかし、まだ記憶に新しい、2004年(平成16年)の温泉偽装問題(水道水を温泉と偽って提供)を発端とした客離れの煽りを受け、大手老舗ホテルだった金太夫も経営困難に陥り、結果ホテルは人手に渡ってしまいました。

十二支の称号を与えられた宿で、現在も残っているのは四軒だけだそうです。そういうことを考えながら伊香保の街を散策すると、伊香保温泉の違った姿が垣間見えるようでした。

ディープな伊香保温泉、光と影

新しく整備された石段から、一歩奥に足を踏み入れると・・・

伊香保温泉の裏路地

こんなチョ~怪しいスナックとか。

スナック石段ww

偶然店の人が表に出てきたんだけど、「嘘だろ?」みたいな格好した、ドラマで終戦直後のドヤ街に居そうな感じのお姉さま。天然記念物級。


楽しかった温泉街散策もとうとう終了。温泉街の入口に近年新しく出来た石段に到着しました。

温泉街の入口に新しく出来た石段

石段の真ん中には黄金の湯が流れる滝がありました。

足湯・・・なのかな?分からないですが、歩きまわって疲れたので、貴重な黄金の湯で足を休めます。

新しく出来た石段の足湯にて休憩

今、まさに生まれ変わろうとしている伊香保温泉は、この先どんな温泉街に変貌していくのでしょうか。まぁでも古いものはどんどん淘汰されて行くんだろうな、と思いました。

伊香保温泉金太夫 へのアクセス

住所:群馬県渋川市伊香保町19

Tel:0279-72-3232

URL:http://www.itoenhotel.com/hotel/kindayu/

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